絵についてはよく分からないけれど、とてもとても好きな画家がいる。昨日、彼女の絵を見に行った。Independent Tokyo という出展イベントで出展者の数もとても多く、巡るのもザーーーっとなったが、彼女の絵は会場の喧騒の中でも澄んでいて、またも眼福だった。
彼女は漆で絵を描く画家で、ベトナムに留学して学んでいる。若い頃にそうしたものに出会って、その道を進むと選んだことにも感心する。私はそういう人を尊敬してしまう。私は大人になってから彼女に出会っているが、初めて彼女の作品を見たときは『え!?』っと思った。見たことがない作風だったから。日本で今までに知ってきた“漆”と全く違うから、びっくりしてしまった。ベトナムの漆絵の特徴なのか? 彼女独特の持ち味なのか? それもよく分からないのだけれど、私は彼女の絵のファンになった。
昨日聞いたところによると、漆というとやっぱり黒が漆でしか出ない黒の色で、そこへの評価がたかいみたい。確かに美しいし、その塗りの感じを漆だと思ってきた。でも彼女の作品は色を使った絵画で、日に透けた葉や、子どもたちが遊ぶ姿の影が自然に表現されている。塗りの盆や椀や箸からは想像がつかない作品なのだ。
漆だから、の時間がかかる。長く長く時間を費やして色が一つづつ乗っていく。それを何度も聞いているうちに漸く想像出来るようになってきた。『あぁ、彼女はそうして時間の中に居るんだな。』
作品の題材も私の関心事。とてもとても日常で、その切り取り方が美しい。一番大切なものが分かっている人。題材を多分、探していない。その心が美しい人。作品にそれが見える。
何に心が掴まれるか、は人それぞれ。だけど、ついつい題材を探してしまう。『“美しい”はどこにあるんだろう?』でもそれは、どこかウケを狙った検索で、そうでないものを感じたいと日々思う。だけど、そこに長くいると、『コレでウケるだろうか?』と当たり前に不安になる。そうではない純粋の魅力を彼女は私に見せてくれる人。
そして、今、私も気が遠くなる作業に身を投じていて、それが想定以上に長く掛かってしまって滅入ってしまう寸前だったけど、彼女も果てしない時間の中に居ることを聞けて、私も自信を進めようと思えた。
美しいものに出会うとは、なんと素敵な時間なのだろう。

今日はうどんがあって
本来の目的までのチート。



