アタマとココロの余白。 作りたい気持ちと一緒にいること。

Wakanamonologue

独白。独り言。そんなものづくり。

9月27日 (晴れ。今年も。)  


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人生は自分を中心に回っているから、だから私が大人になれるために、母は亡くなったのかな。本当に思ったものでした。そう考えるに足るほど、甘えた27歳だったのだと思います。女神がいなくなった我が家は傾き、云うところの“若いうちの苦労”はしてきたと思います。昨日、家族で確認しましたw。

 

丸19年たって、父と墓参りへ。母が健在だったら、父と歩いていても母とばかり話していたかもしれない。夫を連れて帰っても、母の上手な気の遣い回しで父は無言かもしれない。私も母の懐かしいご飯を頬張るだけで、台所に立つことをしなかったかもしれない。

 

父に連絡をして、昔からの行きつけに待ち合わせをして、一緒に酔っぱらって。『おはよー』から始まって、散歩がてらに買い物をして、食卓には刺身と煮物と肉団子のスープ、となにもご馳走感なくいつものご飯。私のご飯で母を語り合う。穏やかでした。母が消えたのは、家族それぞれが強く繋がれるようにと母の粋な計らいだった気さえしてきます。誰よりも父のために。母がこの家族を作ったんだな❤️そんな命日でした。

 


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テーブルを大きくぐるりと囲むように少し土が盛り上がっている。3歳の私はお山だと思ってた。いつもの神社への散歩道。そろそろね、とドングリを見つけた。大好きな小さい秋🍂